味が見える

"味の見える化"は食品業界を根底から変える
時代や環境の変化とともに、人々の趣向は変化し、業界におけるルールも徐々に変化していく。しかし、何かをきっかけにそのルールが一変し、昨日まで覇者だった企業が凋落し、名も無き企業が突然台頭してくることがある。この“業界変革”のインパクトは想像を絶するほど大きい。しかも思いも寄らない方向から急にやってきて、既存のビジネスモデルを一変させる。
前回は人工的に作られた「培養肉」が外食業界に与える影響を考察した。今回のテーマは「味覚センサー」。味を数値化することによるインパクトや、そこから新しく生まれるビジネスについて考えてみたい。

■ 主観的だった味を客観的に評価
「ちょっと酸味が強かった」「味が濃い方が好み」。初めて入った飲食店で料理が口に合わず、ガッカリした経験はないだろうか。近い将来、どの店に入っても自分好みの味の料理が食べられる時代がやってくるかもしれない。
今、食品や外食業界の注目を集めているのが「味覚センサー」だ。代表的な製品の一つが九州大学発のベンチャーであるインテリジェントセンサーテクノロジーが開発した「味認識装置」。人間が味を感じる仕組みをまねた人工の脂質膜を搭載しており、甘味、苦味、酸味、塩味、うま味の強弱を数値化できる。コクやキレなどを評価することも可能だ。
すでに現場での活用が始まっている。かつお節大手のマルトモ(愛媛)は、原材料サプライヤーから昆布を売り込まれる際など、味覚センサーを活用して品質をチェックするそうだ。産地別に旨味と価格の分布マップを作ると、高級品ほど旨味があったという。イオンの子会社イオンリカーはワイン通販サイトにおいて、「ワインの味マップ」で甘味、渋み、酸味、果実味をそれぞれ5段階で表示している。味が可視化されることで、自分好みのワインを選びやすくなる。
食品ごとに味覚センサーのデータが集まり、消費者の購買データと紐付けられるようになれば、地域や年齢などのカテゴリ別に「おいしいと感じるデータ」が見えるようになる。消費者のニーズは年々細分化しており、商品開発の試作にも負荷が掛かっている。1つの商品を世に出すまでに、1000回を超える試作をするケースも少なくない。おいしいと感じるデータは食品業界で貴重な情報だ。
このような新技術は、食品・外食産業にどのような影響を与えるだろうか。今回も、入手した情報から示唆を出してみたい。情報は、そこから考えられる「意味合い」まで検討してこそ、初めて価値が出る。
POS(販売時点情報管理)などの消費者属性別の購買データと、「おいしいと感じる数値データ」を突き合わせれば、属性別に最適な味を提示できるようになることは間違いない。
十分なデータが集まれば、仮説検証を繰り返すことで分析結果の精度が上がる。ビッグデータによる解析が進めば、一見して因果関係のないデータ同士に相関関係が見出され、思わぬ発見も出てくる。個人別の「おいしさの数値化」は今後ますます精緻化していく。
一方で、東京医科歯科大学の研究グループによれば、味覚認識できない子どもは3割もいるそうだ。小学1年生から中学3年生まで約350人を対象に調査したところ、「酸味」「塩味」「甘味」「苦味」という基本の4つの味覚のいずれかを認識できなくなっている子どもは31%を占めたという。
普段の食生活が影響していることも考えられるが、この調査結果をふまえると、今後も若者の味覚は鈍くなっていく可能性はある。味覚が鈍くなれば、味付けの濃いものを好むようになり、生活習慣病に繋がるおそれもある。人間の味覚は鈍るが、機械の味覚は鋭くなる。実に「味気のない世界」だが、味覚センサーを起点に味覚のデータ活用が日常化するのは遠くないだろう。

■ 健康管理やポイントカードにも活用
たとえば、「自分がおいしいと感じた料理」を味覚センサーにかけて、そのデータを日々記録する。そうすれば、「自分のおいしさ」の基準が可視化され、味覚がいつ鈍くなっているかが分かる。
「あの日はおいしいと感じたが、今日は同じ料理が味気なく感じる」。このような場合は危険信号だろう。今でも、「疲れている時には濃い味が食べたくなる」と言われるが、味覚センサーを活用すれば、「自分がおいしいと感じるデータ」に基づいて、自身の健康状態を推察することも可能になるのではないだろうか。
次のような日常も予想できる。レストランに入ってポイントカードを店員に差し出す。ポイントカードには個人の味覚データが蓄積されており、店員はそのカードを読み取って、客のおいしいと感じるデータを把握する。料理人はそのデータを忠実に再現することで、見た目は同じハンバーグでも客によって味が微妙に違う、といったことが起こりうる。
さらに言えば、料理を忠実に再現できる「3Dフードプリンタ」が外食業界に普及するような状況になった場合、味覚データを3Dプリンタに入力することで、どの店でも自分が必ずおいしいと感じる料理がでてくるようになる。このように、「自分好みの味の料理」が出てくることが前提になると、「おいしいお店はどこか?」ということの重要性は低くなる。
自分がおいしいと感じるものを食べ続けることに不安を感じる人々も出てくるかもしれない。
周りがおいしいという料理が自分にとっておいしくないと感じるときはないだろうか。人それぞれのおいしさが数値化されると、そのギャップがより顕著になる。人によっては,「自分の舌は幼いのでは」と劣等感を感じてしまうかもしれない。
アンケートリサーチ会社のマイボイスコムによれば、2014年の約1万人を対象とした「味の好みに関するアンケート調査」の「あなたは、味覚に対して敏感だと思いますか」という質問に対して、「どちらともいえない」と答えた人は35%、「あまり敏感ではないと思う」「まったく敏感ではないと思う」と答えた人は18%いた。「おいしさ」が数値化されると、自身を「味覚音痴」と思う人々もさらに増えてくるだろう。
このように、味覚センサーという技術の市場に対する「意味合い」はいくらでも出せる。意味合いを出すコツは、必ずポジティブ面とネガティブ面の両面を検討することである。また、戦略づくりの大原則は、情報を見て、示唆を出し、次の行動を決めることだ。
では、このような世界を想定した場合、外食・食品業界のプレイヤーはどのような行動をとるべきなのか。

■ 新たな食文化と新しいビジネス
外食企業にとって「おいしさ」が他社との重要な差別化要素で無くなるとすれば、「おいしさ」以外の要素で戦うしかないだろう。価格やサービスの質、注文から料理が出てくるまでのスピード、その店舗でしか見ることの出来ないエンターテイメントなどで差別化する必要が出てくる。味だけで勝負する”頑固親父のラーメン屋”では生き残っていけないのだ。
また舌の劣等感を感じる人に対して、自分の舌を成熟させたいという動機に応えるために、「おいしさの教育機関」があってもよいだろう。「自分の舌はいつまで経っても幼いまま」と感じている人は少なからずいるはずだ。
そういったターゲットに向けて、年代・年収・職業等の情報と味覚データを突き合わせることで、属性別の「おいしさ基準」を設定する。そして、「30代男性年収1000万円クラスならば、この料理をおいしく感じるのがかっこいい」などと啓蒙し、それに合わせた舌の教育サービスを提供する。あるべきおいしさの基準を設定して、それをターゲットに覚え込ませるのだ。
さらに、「あの人がおいしいと感じる料理を食べたい」という二次的な欲求も生まれるかもしれない。芸能人が着ていた服を着たがったり、芸能人御用達のお店に行きたがったりするファンは多いが、「自分たちの好きな芸能人がおいしいと感じるもの」を自分でも食べたいと思うことは不思議ではない。「アイドルがおいしいと感じるデータ」で作られた料理を出すレストランの登場や、そのデータがネットで売買される日も遠くはないかもしれない。
こうして、味覚の数値化という技術革新が、これまでと違った観点の食文化を創造していく。それに伴い新たなビジネスも生まれる。情報は解釈次第で、「次の行動」を考える際の貴重な材料になる。多くの知識を持っているだけでは単なる博識に過ぎない。業界変革を占うには、今ある情報から何を読み取るか、どのような意味合いを抽出するかが重要である。
東洋経済オンライン 2月22日(日)5時5分)

すごいけど、なんだかな(笑)