蔓延の構図

急増する新興感染症 天敵なき地で猛威ふるう侵略的外来生物としての病原体
(THE PAGE 6月26日(日)14時0分)


遠く離れた国で流行している感染症は、今や遠い国の不幸な出来事ではなくなっています。最近ではリオデジャネイロ五輪を控えたブラジルなどで流行するジカ熱が話題になりました。感染症には感染しても比較的軽症ですむものから死に至るものまであります。その多くは野生生物が病原体を持っていて、人間との接触で直接感染したり、ほかの生物を媒介して間接的に感染したりします。
★終わりなき外来種の侵入との闘い
グローバル化が進み国境や海峡を越えて人知れず侵入する病原体を侵略的外来生物ととらえ、感染症の発生と拡大のプロセスについて国立研究開発法人国立環境研究所の五箇公一さんが解説します。
外来生物の侵略メカニズムは病原体にもあてはまる
このコラムでこれまで紹介してきたように、外来生物による生態系および人間社会に対する悪影響は重大な環境問題となっています。生物本来の移動能力を超えた短時間での長距離移送が、進化プロセスを無視した生態系の構成要素の変換をもたらし、生態系のバランスを崩壊させるのです。
例えば、北米原産の肉食淡水魚オオクチバスは、日本国内の内水面で強大な侵略的外来生物として在来魚類の脅威となっていますが、原産地の北米では、そこまで猛威をふるうことはありません。原産地の生態系では天敵や競合種がオオクチバスとともに進化しており、また餌となる小魚たちも、オオクチバスの捕食から逃げたり隠れたりする形質を進化させています。そのため、原産地の生態系ではオオクチバスの個体数は自ずと制限されることになります。
このように自然生態系においては構成する生物種どうしが長きにわたる共進化の歴史を経て、お互いの個体数が調節され、安定した生態系ピラミッドを築いているのです。しかし、この安定した生態系の間で、進化時間を無視した生物の人為移送が行われれば、生態系ピラミッドは簡単に崩壊することとなります。オオクチバスを日本の生態系に移送すれば天敵もおらず、餌となる魚も食べ放題となり、オオクチバスは途端に強大な侵略的外来生物と化します。
この進化生態学的視点からみた外来生物の侵略メカニズムは、病原体にもあてはまります。病原体とされる微生物やウィルスも生態系の構成要素であり、本来、病原体と宿主生物との間にも共進化による固有の相互関係が構築されています。病原体の移送は、免疫や抵抗性を進化させていない新たなる宿主との遭遇をもたらし、急速な流行や感染爆発を引き起こして、宿主個体群に壊滅的な被害を及ぼすことにもなります。
現在、世界各地に蔓延するインフルエンザウイルスやHIV(AIDSの原因となるウイルス)、そして一昨年、アフリカから世界各地への感染拡大が懸念されたエボラ出血熱ウイルスなど、グローバリゼーションが唱われる現代社会において、外来生物としての病原体の脅威は拡大を続けています。 
★急増する野生生物由来の新興感染症
ヒト後天性免疫不全症候群(AIDS)やエボラ出血熱のように近年急速に人間社会に広がりを見せている病気を新興感染症(Emerging Infectious Disease)といいます。そして、新興感染症うちの6割以上が人獣共通感染症、すなわち人と動物の両方に感染し得る感染症となります。
さらに、これら人獣共通の新興感染症のうち70%以上が野生生物を起源とする病気とされます。野生生物起源の感染症でもっとも有名かつ深刻なものに、1981年に初めて症例が報告されたAIDSがあります。
AIDSの病原体となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)は、もともとアフリカの霊長類に種特異的に感染していたサル免疫不全症候群ウイルス群(SIVs)が起源とされ、サル類からチンパンジー・ゴリラなどの類人猿への感染を経て、人間に感染するウイルスに進化したと報告されています。アフリカの原住民がこれら霊長類を狩猟の対象として生肉を摂取するなどしたことが感染および流行の契機になったと考えられています。
重症急性呼吸器症候群SARS)は2003年に初めて発見されましたが、その原因となるSARSコロナウイルスは、ユーラシア大陸に広く分布するキクガシラコウモリが自然宿主とされます。ちなみに、コウモリは、狂犬病ウイルスや、コウモリリッサウイルス、ニパウイルス、さらに近年にアフリカで猛威をふるい、欧米にも感染が拡大したエボラ出血熱ウイルスなど、ヒトに致命的な感染症をもたらす多くのウイルスの自然宿主であることが判明しています。 
★人間社会の膨張と生物多様性の崩壊がもたらす感染症パンデミック
これら新興感染症の1940年代から1990年代における地域別の発症報告件数を調べると、中緯度〜高緯度地域の経済先進国、すなわち北米、ヨーロッパ、オーストラリア、そして日本を含む東アジア諸国にその数が集中していることがわかります。HIV(AIDSの原因ウィルス)も原産地はアフリカですが、発症例が確認され病名がついたのは北米が最初でした。
蚊が媒介し、主にヒトと鳥類の間で感染が生じるウエストナイル熱ウィルスは、1937年に初めて、ウガンダのWest Nile地方で患者から分離されましたが、1990年代に入ってから、全く感染例のなかったヨーロッパおよびアメリカで流行が相次ぎました。
多くの新興感染症が、アフリカをはじめとする低緯度地域の野生生物由来であるにも関わらず、その流行が広く先進国に及んでいる背景には、人間活動の肥大化およびグローバリゼーションの進行があると考えられます。
そもそも、低緯度地域の生物多様性が高いエリアで野生動物を自然宿主として生息していた病原体が人間社会に持ち込まれるきっかけをつくったのは人間活動による生態系の改変でした。すなわち、人間が熱帯林を破壊・分断化し、野生動物と人間の境界線が崩壊してしまい、野生動物の体内に宿る病原体が人間に感染するという機会が、急増したのです。
同時に、近年のグローバリゼーションの進行にともないヒトおよび媒介動物の移送が活発となり、国境線や海峡を超えて病原体が拡散することとなり、さらに都市化による人口集中が感染拡大につながっています。
★経済優先策が阻む感染症予防
2014年にアフリカ西部でエボラ出血熱が猛威をふるい、1万人以上の死者が発生、さらにヨーロッパでも患者が確認されたことで世界中にこの病気が広がるのではないかと恐れられました。このとき、感染の中心地であったシエラレオネの病院に務めるウマル・カーン医師が、懸命に患者の治療に当たりながら、政府に対して、感染が確認された街の道路を封鎖して感染拡大を防ぐよう訴えたが、経済が滞ることを理由に、進言は受け入れられず、結局、被害が拡大してしまった、というエピソードは有名です。またこのとき、アメリ国立衛生研究所国務省にも支援が要求されていましたが、当時はワールドカップに世界中が熱狂していて、アフリカからの声に耳を傾ける人がほとんどいなかったために、さらに対策が遅れました。
最近、日本でも話題になっているジカ熱ウイルスは、蚊が媒介する病原体で、ブラジルをはじめ南米で流行が拡大しており、今夏、リオデジャネイロで開催される五輪を契機として、世界中に感染が拡大するのではないかと危惧されています。これに対して6月14日に開催されたWHOの緊急委員会で、五輪開催期間は開催地リオの冬(乾期)にあたり、蚊の成虫もほとんどいなくなることから、五輪でジカ熱が世界に広がるリスクは低いとして、開催延期の必要はないとの声明を発表しました。
しかし、ブラジルは広大であり、マナウスなどの人気の観光地には年中蚊が生息します。またリオの8月中の平均気温も20℃近くあることから、都市部で蚊が生き残る可能性はゼロではなく、決して100%の安全が担保された訳ではないと考えるべきでしょう。ちなみにジカ熱ウィルスもアフリカ原産で、ブラジルには2013年のコンフェデレーションカップの年に侵入したと推測されています。
グローバリゼーション・温暖化・都市化という環境変動が著しい現代においては、いつ、どこからでも病原体は侵入して、流行し得る、と捉えて、国だけではなく個々人で予防策をたてることが必要です。

正確な情報は必要ですな。
個々で防ぐにも、なにもなければ手の打ちようがない。