素朴な疑問

どうなる広島の新スタジアム問題
(THE PAGE 4月24日(日)7時0分)


周囲をフェンスで覆われたさら地の一角に残されたライトスタンドの一部。広島市の中心部にある旧広島市民球場跡地がいま、全国のサッカーファンの注目を集めている。
この跡地を新スタジアムの候補地とするべく独自のプランを発表したサンフレッチェ広島と、南区宇品出島地区の「広島みなと公園」を推す行政側。両者の主張が平行線をたどったまま、3月下旬に発表される予定だった最終候補地は一転して白紙となったからだ。
幾度となく浮上しては立ち消えとなった、新スタジアム建設の機運が一気に盛り上がったのは2009年。広島東洋カープの新本拠地、マツダスタジアムの開場を受けて「次はサッカーの新スタジアムを」という声が各方面から上がった。
広島が長くホームとするエディオンスタジアム広島は、Jリーグクラブライセンス審査で「トイレの数と屋根のカバー率」で制裁対象に指定され、進捗が見られなければ「戒告」に変わると通告されている。
クラブライセンスのはく奪もありうる状況に、交通アクセスの悪さが追い打ちをかける。アストラムラインを利用した場合、市内中心部からの移動は約1時間。駐車場の数も少ないため、Jリーグチャンピオンシップを戦った昨年12月は周辺が大渋滞となった。
広島県サッカー協会、広島、広島後援会の三者が連盟で、広島県及び市へスタジアム建設要望書を提出したのが2012年8月。その年には広島がJ1で初優勝し、翌年1月に提出された署名は37万579件に達した。
こうした動きを受けて、広島県、市、広島商工会議所、県サッカー協会による「建設協議会」が2013年6月に発足。最終的には「旧広島市民球場跡地」と「広島みなと公園」の2案をまとめたうえで、2015年1月に解散した。
新たに発足した「作業部会」の顔ぶれはしかし、広島県、市、商工会議所の三者のみ。県サッカー協会や広島側のメンバーが加わらなかったことで、議論の中身がまったく伝わらなくなった。
迎えた2015年7月。湯崎英彦知事、松井一実市長、深山英樹・商工会議所会頭によるトップ会談が行われ、終了後に湯崎知事が「検証結果から旧市民球場跡地は、多機能化・複合開発、スタジアムの規模に課題がある。広島みなと公園が優位と考える」とコメントする。
流れが一気に「広島みなと公園」に傾いていく状況に、広島側は危機感を募らせた。依然として「作業部会」からの連絡がないなかで、今年3月下旬に候補地が最終決定するという報道に接し、今年3月3日に緊急記者会見を開催する運びとなった。
サンフレッチェの語源となった「3本の矢」にちなみ、午後3時から開始された記者会見。メインスポンサーのエディオン社長でもある、広島の久保允誉会長は旧市民球場跡地を候補地とする独自の建設案「ヒロシマ・ピース・メモリアル・スタジアム」を発表する。
記者会見では、もし「広島みなと公園」に新スタジアムが建設された場合でも、広島はホームとして使用しないとまで明言。1998年の社長就任から携わってきた、広島から去る覚悟も明らかにした。
行政側が推す「広島みなと公園」は中心部から約7km離れた港湾地区にあり、路面電車を利用した場合の所要時間は約1時間。いま現在でも市内有数の渋滞地帯と悪名高く、駐車場を建設しても、あるいはシャトルバスを運行させても渋滞に巻き込まれる。
つまり、アクセス状況は現状からほとんど改善されない。やがては観客動員数が頭打ちになり、スタジアム使用料が現状の年間1億円から、市債への償還金額を含めて大幅に増額されるのが確実な状況と相まって、2年で債務超過に陥ると試算している。
翻って旧市民球場跡地は広島駅前から路面電車で約10分、徒歩でも約20分の距離にある。行政側が「260億円もかかる」として懸念材料にあげている建設費も、ガンバ大阪の新本拠地「市立吹田サッカースタジアム」の寄付金によるスキームを参考に約140億円で収まり、税金も使わないと反論した。
そもそも、なぜ旧市民球場跡地ではダメなのか。記者会見が質疑応答に移った直後のメディアからの質問に、理由の一端を見ることができる。
被爆から70年以上が経ち、鎮魂の象徴となっている場所の近くでサッカーの試合や催し物、コンサートなどが行われることに違和感がある、という声もある」
生家が旧市民球場跡地そばにあり、焼け野原から復興していく広島の中心部で育った久保会長はシンボルとなった旧市民球場への敬意を表しながら、こんな言葉を紡いでいる。
「スタジアムがひとつの起爆剤となって、あのエリア一帯がスポーツと文化のイベント、そして賑わいの広場となるように議論を尽くしていきたい」
同時に発表した新スタジアムのデザインは、アウェー側のゴール裏の一部を吹き抜け状態にして、原爆ドームが見える設計となっている。サッカーを介して世界へ平和を訴えていきたいという思いを、広島の森保一監督もことあるごとに発信している。
ゴール裏の一部スタンドを除去したことで、収容人員は当初より少ない2万5000人とした。これに対して、行政側は「国際大会の誘致が優位」として3万人規模が必須だと主張する。
同規模のスタジアムを旧市民球場跡地に建設する場合、周囲の景観を損なわない高さとするために、100億円近い掘り込み作業費が発生するとも指摘。前出の建設費260億円の根拠のひとつにあげていた。
しかし、広島側からの質問に対する日本サッカー協会からの4月4日付の回答が状況を一変させる。
「収容人員2万5000人と3万人は、どちらもJFAのスタジアム基準でいう『クラス1』(2万人〜4万人)に属しているので、なでしこジャパン、五輪、ユース年代などの日本代表、AFC主催の国際的な競技会を開催または誘致することは可能と判断します」
3万人にこだわる根拠が崩れたうえに、回答書にはスタジアムの立地条件として都市中心部で公共交通機関や主要幹線道路からのアクセスが良好で、国際大会誘致にはホテルや商業施設が近接していなければならない、と記されてもいた。
広島側は指定管理者となることで、試合開催日以外にもクラブが主導する形で新スタジアムを稼働させるプランも描いている。しかしながら、行政側の聞く耳をもとうとしない態度は、湯崎知事が発した「理解に苦しむ」というコメントからも察することができる。
候補地発表が白紙となったのも、港湾地区の物流業者がつくる「広島みなと振興会」が慢性的な渋滞がさらに悪化し、県内経済に重要な影響が出ると強く反発したためだ。調整もなしに「優位」と発表した点に、「広島みなと公園」ありきの議論が伝わってくる。
原爆ドームの近くで、野球はよくてもなぜサッカーはダメなのか。行政側が望む新スタジアムは、試合が行われる20日間ほどを広島へ貸し出すだけの巨大な箱モノと化すのか。周辺の商業施設建設を含めた、巨大な利権が絡む再開発構想とも関係しているのか。
飛び交う疑問や不信感を解くためにも、久保会長はクラブを交えた四者による協議を提案。新スタジアムの意義や建設費の捻出方法などを徹底的に議論したいと希望しているが、県、市、商工会議所は難色を示したままの状況が続いている。

そもそものところで、ビッグアーチの改修と周辺の再整備、さらにその昔使っていた広島スタジアム改修案はなかったのだろうか。
なんでもかんでも新スタジアム、というのは違うと思う。