アメリカの思惑

アメリカの真の支配者」コーク一族がトランプの暴走を静観する理由
(現代ビジネス 3月24日(木)15時1分)


「トランプを止めるには、もう手遅れだ」
トランプ旋風を受けて、共和党内部に動揺が走っている。「トランプが本当に共和党の大統領選挙候補者になってしまう」という危機感が、エスタブリッシュメントと呼ばれる連邦上院議員や大口献金者たちの目をようやく覚まさせた。彼らの中から「トランプ不支持」を表明する人たちが多く出ている。
2012年の大統領選挙で共和党の候補者であったミット・ロムニーは3月3日に記者会見を開き、トランプを「インチキな詐欺師」と批判した。また、2012年の大統領選挙でロムニーの副大統領候補となったポール・ライアン連邦下院議長もトランプを批判。ジャパン・ハンドラーとして有名なリチャード・アーミテージ元国務副長官も「トランプの言動や行動を軽蔑している。トランプが共和党の大統領候補に指名されたら自分はヒラリー・クリントンに投票する」とこきおろした。
また、共和党系の外交政策専門家たちも、2016年3月2日付で公開書簡を発表し、トランプ批判を行った。公開書簡に名前を連ねた人々の中には、ロバート・ゼーリックロバート・ケーガンといった、ジョージ・W・ブッシュ共和党政権の外交・安保政策を牛耳ったネオコン(ネオコンサヴァティヴ)たちも含まれている。アメリカのマスコミではこの書簡を「共和党タカ派によるトランプへの宣戦布告書」と呼んだ。
しかし、アメリカの大物政治評論家で保守派のチャールズ・クラウトハマーの見方は悲観的だ。スーパーチューズデーが終わった時点で、「トランプを止めるために今から動いても、もう手遅れだ」と発言している。
クラウトハマーは、数々の過激な発言やスキャンダルがありながらも、トランプに対する支持は増加していると指摘し、共和党エスタブリッシュメントは、トランプを阻止することはできないだろうと述べた。
そのような状況の中で、アメリカを代表する大富豪であるコーク一族の動向に注目が集まっている。
◆なぜコーク一族は動かないのか
拙訳『アメリカの真の支配者 コーク一族』(ダニエル・シュルマン著)が注目を集めたこともあってか、このところ、日本のメディアでもコーク兄弟の動向が報道される機会が多くなった。
大統領選の趨勢を決めるとまで言われるほどの影響力をもつコーク兄弟だが、これまで、大統領選挙についてはずっと静観してきた(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47846)。トランプやクルーズの発言を新聞紙上で批判したことはあったが、具体的に誰を支持するかを表明していない。
そして、共和党の大口献金者であるコーク兄弟は、共和党エスタブリッシュメントとはまったく異なる動きをしている。2016年3月3日付のロイター通信は<大富豪コーク兄弟、予備選からのトランプ氏追い落としに動かず>と報じた。記事によると、コーク兄弟がスポンサーとなっている政治組織「フリーダム・パートナーズ」の代表が、コーク兄弟が大統領選挙に関与する計画はない、と述べたということだ。
前回の論稿でもご紹介したように、トランプはコーク兄弟を批判しており、一方でチャールズ・コークはトランプの言動を批判している。また、コーク兄弟がまとめ役をしている大口献金者ネットワークの人々は、今年2月の段階でトランプ阻止のために動き出している。それなのに、コーク兄弟が自分自身の資金をトランプ阻止のために使わないと表明したことは、「消極的ではあるがトランプを支持する」と表明したようなものだ。
また、コーク兄弟の兄でコーク・インダストリーズの総帥チャールズ・コークは、今年2月18日付『ワシントン・ポスト』紙の論説ページに寄稿し、民主党候補のバーニー・サンダースと自分は、大企業への補助金に反対では一致しているとし、「この点ではサンダースは正しい」と書いた。
サンダースはアメリカの輸出入銀行の資金の75%が大企業保護に使われていると批判しているが、前述の政治組織「フリーダム・パートナーズ」が制作したテレビコマーシャルの中では「バーニー・サンダースは輸出入銀行について正しいことを言っている」とのキャプションが流れ、サンダース発言を支持する旨が示されたのだ。
アメリカのメディアは、これを「イデオロギー的に正反対であるはずの両者が一致するという奇妙な光景」と報じている。
アメリカ屈指の大企業であるコーク・インダストリーズを経営しているコーク兄弟が大企業に対する補助金に反対しているのは、彼らが信奉しているリバータリアニズムという思想が関係している。
詳しくは拙著をお読みいただきたいが、リバータリアニズムとは、個人の自由と市場を尊重するというもので、補助金がなければ倒産してしまうような企業を助けることや、補助金によって公正な競争がゆがめられることに反対、という立場になる。
コーク兄弟は、他の大富豪たちとは違ってトランプ阻止に動かず、そして敵方であるサンダースを褒めるという、一見すると奇妙な動きをしている。一体なぜか。
共和党に「荒療治」を施す?
その理由をさらに深く理解するためには、アメリカの外交政策をめぐる大きな思想的対立の歴史を理解する必要がある。
アメリカ外交の大きな流れに、アイソレーショニズム(国内問題優先主義)とインターヴェンショニズム(海外積極介入主義)がある。アイソレーショニズムは、海外の諸問題に関わり過ぎず、国内の諸問題解決に力を注ぐべきだとし、アメリカ軍の海外派兵には消極的な考えだ。
一方の海外積極介入主義は、海外の諸問題解決に積極的に介入し、アメリカが世界に誇る民主政治体制と基本的人権の尊重を世界に拡散し、世界平和を達成するべきで、そのためならばアメリカ軍の海外派兵も行うべきだという考えだ。
今回の大統領選挙候補者たちがこの2つの流れのどちらに属するのか分類してみると、「アイソレーショニズム(国内問題優先)」にはドナルド・トランプバーニー・サンダース、一方の「インターヴェンショニズム(海外積極介入)」には、テッド・クルーズ、マルコ・ルビオ、ヒラリー・クリントンがそれぞれ属するということになる。
この分類から見てみると、リバータリアニズムを信奉するコーク兄弟と考えが合うのは、意外にもトランプとサンダースということになるのだ。コーク兄弟は小さな政府を理想とし、アメリカ軍が国防以上の「世界の警察官」として活動することや外国の非民主的な政権の打倒のために使われることに関して、「税金の無駄遣いだ」として反対している。
彼らは反共主義者であるが、ヴェトナム戦争に反対している。コーク兄弟からすれば、インターヴェンショニズムではなく、アイソレーショニズムのほうが好ましいということになる。
もっと深読みをするならば、コーク兄弟は、トランプ旋風を使って、共和党に「荒療治」を施そうとしているのではないか、と私は考えている。
◆コーク兄弟とトランプの「共通の敵」
具体的には、共和党内のネオコン勢力に打撃を与えようとしているのではないかと考える。ネオコン勢力と民主党の人道的介入主義勢力との親和性は高い。所属している党が違うだけで、主張していることはほぼ同じだ。
ネオコン勢力の起源をたどると、民主党外交政策タカ派的になったことに不満を持った人々が、大挙して共和党に移ってきたことから始まっている。
このネオコンに対して、「元々民主党ではなかった人間たちが大挙して共和党に入ってきて、ジョージ・W・ブッシュ前政権時代に外交政策と国家安全保障政策を牛耳り、必要のないイラク戦争を引き起こしてアメリカを泥沼に引きずり込んだ」という怒りがコーク兄弟にはある。
前述したように、トランプに対しては共和党の外交専門家たちが公開書簡の形で批判をしているが、書簡に署名した中には多くのネオコンに分類される人物たちが入っている。トランプはイラク戦争についても失敗だったとはっきり述べており、イラク戦争を推進したネオコンにしてみれば、まさに敵である。
そして、コーク兄弟もネオコンを敵視するということになると、ネオコンはトランプとコーク兄弟にとって共通の敵となる。結果として、いまだに共和党外交政策分野で大きな影響力を持つネオコンを叩くために、コーク兄弟は、トランプを阻止する動きには出ず、トランプを使って共和党に荒療治を加えることができる、というわけだ。
このように考えると、現時点までのコーク兄弟の行動を説明することができる。彼らもまた「怒れる共和党支持者たち」と同じく、現在の共和党に対して不満と怒りを持っている。今回のトランプ旋風を利用して共和党を変革しようとしていると考えることが可能だ。
アメリカ政治における思想対立を大きな軸にしながら、これから共和党予備選挙は後半戦を迎え、ますます激しさを増し、眼を離せない状況になっていくだろう。


古村治彦(ふるむら・はるひこ)
1974年、鹿児島市生まれ。愛知大学国際問題研究所客員研究員、副島国家戦略研究所(SNSI)研究員。早稲田大学社会科学部卒業、大学院社会科学研究科修士課程修了(修士)。南カリフォルニア大学大学院政治学研究科中退(政治学修士)。著書に『アメリカ政治の秘密』『ハーヴァード大学の秘密』(ともにPHP研究所)、訳書にパラグ・カンナ『ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方』(講談社)、ロバート・ケーガンアメリカが作り上げた"素晴らしき"今の世界』、オーヴィル・シェル、ジョン・デルリー『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(ともにビジネス社)などがある。

アメリカは弱体化したなぁ・・・と言う印象はぬぐえない。