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“世界最高級”北陸新幹線グランクラス」に投入されたトヨタ「レクサス」テクノロジー
3月14日、北陸新幹線(長野−金沢)が開業し、東京と金沢が約2時間半で結ばれた。主力車両「E7系」「W7系」の最上級クラス「グランクラス」は鉄道ファンならずとも、一度は乗りたい車両だ。アテンダント(客室乗務員)によるおかわり自由のフリードリンクや軽食など、“ファーストクラス”並みのサービスが受けられる。このグランクラスの座席を開発したのが、トヨタ自動車の高級車ブランド「レクサス」のシートを手がけるトヨタ紡織。さまざまな車種で培った経験を惜しげもなくつぎ込んだ。
グランクラスの定員は18人でグリーン車の3分の1以下だ。客室内の座席配置は通路をはさんで1人掛けと2人掛け。シートピッチ(座席の前後間隔)は130センチ、実際に腰が下ろせる座席有効幅は52.5センチ。グリーン車よりそれぞれ14センチ、5センチ長い。実際に座ると、シートに体全体が包まれるような感じだ。
シートの角度もグリーン車が最大37度に対し、グランクラスは43.6度。シートピッチが広いため、目いっぱい倒しても窮屈な印象はない。
■一定の座り心地実現
トヨタ紡織グランクラスの座席開発に乗り出したのは2012年3月。JR東日本・西日本による開発コンペに提案したところから始まる。JRが打ち出したコンセプトは「大人の琴線に触れる『洗練さ』と心と体の『ゆとり・解放感』」。これに沿う形で検討を進めたが、コンペの実施を知ったのがその1カ月ほど前。短期間で企画書を練り上げなければならなかった。
そのかいもあって採用が決まるとトヨタ紡織は早速、設計や企画、デザイン、人間工学などから6人の精鋭を集めてプロジェクトチームを結成。これを母体に同年6月に「BR新規事業推進室」を立ち上げた。プロジェクトにかかわる社員は増え続け、最終的には常勤で30人程度に増強。それとともに態勢も強化、13年6月には「ACT推進部」に改称された。
グランクラスの座席開発について、第3シート設計部の稲留誠一郎主任は「(自動車用に比べ)シートピッチが広く取れ、車体内部の内寸も広いため、設計の自由度は高かった」と振り返る。根本の設計思想を「誰が座っても一定の座り心地になるようなシート」(稲留氏)に置いたが、シート表皮の風合いや操作性、身体へのフィット感などは自動車の経験をそのまま生かすことができた。
一般的に自動車の座席横のテーブルは折り畳み式が多い中で、グランクラスは格納式だ。稲留氏は他の社員に呼びかけ、出張の度に飛行機やバス、列車の座席テーブルの写真を撮ってもらい、それを手がかりに構造を考え、発泡スチロールと板で簡易モデルを作った。こうしたモックアップ(模型)作りも自動車の世界では日常のことだ。
鉄道向けだからこそ苦労したことも少なくない。自動車も鉄道も座席には20年程度使える耐久性が求められる。しかし使用者が特定されることが多い自動車に対し、鉄道を使うのは不特定多数だ。しかも早朝から深夜までずっと走り続ける。
稲留氏は「耐久性は自動車の10倍以上が必要」と判断し、シートを支える骨組みや座席を前後に動かすレール、座面や背もたれを倒すために動かす機構などはすべて一から開発、設計したという。
■短期間で効率よく
開発期間も違った。自動車は開発から完成まで数年かけることが多いが、グランクラスの座席の場合は1年に満たなかったという。北陸新幹線用のE7系は、金沢開業の1年前にあたる14年3月から営業運転に入ることが決まっていたからで、試運転の期間を考慮すると、鉄道車両メーカーに納入するまでわずか数カ月しかなかった。「JRの関係者から『間に合わないのでは』と心配された」(傍嶋(そばじま)政道ACT推進部長)ほどだ。
そこでトヨタ紡織は試作の初期段階から、生産を担う富士裾野工場(静岡県裾野市)の担当者に、開発拠点である猿投工場(愛知県豊田市)に何日も泊まり込んでもらい、どうしたら品質の良い座席を効率よく生産できるかを議論。その都度、図面に反映させていった。
猿投工場では時間軸に沿った形で、それぞれの持ち場でやるべきことをすべて書き込んだ大きな紙を会議室に貼りだした。始業時と終業時、そして休憩時間にも従業員が必ずチェックした。打ち合わせなどもその部屋で行い、関係する全従業員が情報を共有できるように努めた。
開発工程の管理に携わった製品企画開発センターの馬淵忠幸プロダクトプログラムマネジャーは「納期が短くプレッシャーの連続だったが、不思議と『絶対に間に合わせる。世界に誇れる立派な座席を作ろう』という気持ちが出来上がっていた」と振り返る。
納期後は、東京−長野、長野−金沢など区間を変えて試乗を繰り返した。稲留氏は「もし不具合が起きたらと、ずっとひやひやしながら車中を過ごしていた」が、隣に座ったJRの担当者から「これはすばらしい腰掛けだ」と声をかけられたときは思わず涙がこぼれたという。馬淵氏は「開発の立場を離れて、プライベートでこの座席を楽しみたい」と笑顔を見せた。
産経新聞 5月26日(火)10時3分)

はやぶさ」のグランクラスは同社じゃなかったのか。