未来を救うコンロ

アフリカで普及を目指す高効率コンロ
ガーナの泥レンガ造りの家の軒先では、郷土料理「バンクー」をかき混ぜる女性を目にする。調理用の燃料は木炭。健康への悪影響が世界中で問題視されているエネルギー源だ。
しかし、写真の女性が使っている調理用コンロに注目してほしい。実はセラミック製で熱を逃がさない仕組みになっている。見た目は粗末かもしれないが、同地域で一般的な旧式コンロよりもエネルギー効率が40パーセントも高い優れものなのである。
最もわかりやすいメリットはその実用性だ。「木炭をかなり節約できます。バンクーでもスープでも、いくらでも作れるんですよ」と彼女は話す。
コンロの製造元は創業5年目のガーナの新興企業、トヨラ・エネルギー(Toyola Energy)社。未来を見据えたビジネス目標を持つ先進的な企業だ。開発途上国では調理の際に発生する有毒な煙が大きな問題になっているが、屋内の旧式コンロではなく、熱効率が高いこのコンロを屋外で使えば煙は大幅に抑えられるという。
世界人口の半分にあたるおよそ30億人が、旧式のコンロや焚き火に、木材、木炭、糞、石炭、農業廃棄物をくべて調理している。発生する煙を吸い込むと、肺炎や肺気腫白内障など、急性・慢性を問わず多くの疾病リスクが高まり、早死者は毎年200万人近くに上ると推計されている。世界保健機関(WHO)によると、途上国における健康リスクの中で、調理時の有害な煙は4番目にランクされている。
高エネルギー効率のコンロは有効な解決策だが、普及は容易ではない。しかし専門家らは、トヨラなど企業の取り組みが“転換点”となり、クリーンなコンロが世界的に広まると考えている。キーポイントは、トヨラが人々の健康だけでなく大気の浄化にも貢献している点だ。事実、気候変動への対処として国連が統括する“炭素市場”を舞台に、同社は大きな利益を上げている。
温室効果ガスの排出削減目標を定める京都議定書は2012年に失効する。しかし、今後も官民が一体となって自発的に気候変動対策を進め、環境志向型の企業努力が利益に変わる炭素市場のような枠組みの継続が期待されている。
調理用コンロの危険性が広く認知されたのは、2010年9月の国連総会だった。アメリカ政府からの5000万ドルの出資により、官民が共同で取り組むプロジェクト「環境志向型コンロ設置計画(Global Alliance for Clean Cookstoves)」が提唱されたのだ。
この計画は国連の外郭団体である非営利組織、国連財団が主導し、2020年までにクリーンかつ高エネルギー効率の調理用コンロを1億世帯に設置する目標を掲げている。
安全性の低いコンロは健康上のリスクを直接高めるだけではない。排出される黒色炭素や“すす”によって、気候変動のリスクが2.5〜10パーセント拡大すると考えられている。ただ、この問題にはポジティブな面もある。“すす”は数日〜数週間ほどしか大気中に残存しないため、新型のコンロを導入すれば、地球温暖化に対する好影響がすぐに現れるからだ。
コンロの品揃えは豊富で、有害物質の排出量を95パーセント削減できる高性能タイプが100ドル(8000円)ほどで売られている。削減量が少ないタイプでも健康上のメリットは得られるとの報告もある。トヨラはガーナで、エネルギー効率が40パーセント高いモデルをわずか7ドルで販売して成功を収めている。2010年には5万1000台を売り上げ、2006年の創業以来、一般家庭やレストランに販売したコンロは14万台に上るとみられている。
トヨラが成功した理由の一つは、気候変動の問題に着目して“炭素”を“利益”に変えたことだ。
環境志向型の企業努力に対して発行される炭素クレジットは、温室効果ガスの排出削減に貢献した証明となり、市場で取引される。トヨラは2007年8月31日〜2009年9月8日までの間に、料理用コンロによって5万1230トン相当の炭素クレジットを獲得し、大きな利益を上げた。乗用車1万台がそれぞれ2万キロ近く走って排出する二酸化炭素に匹敵する量だ。
そしてこのクレジットを買い上げたのは世界最大級の投資銀行ゴールドマン・サックス。炭素クレジットの取引が大きな投資対象になっていることが伺えるだろう。
トヨラの共同設立者スライ・ワハブ(Suraj Wahab)氏は、近隣諸国での事業展開のチャンスを狙っている。「資金さえあれば年に10万台は固い」と同氏は自信満々に話している。
Jeff Smith in Faase Village, Ghana for National Geographic News
ナショナルジオグラフィック式日本語サイト - 2月16日(水)19時34分)

アフリカが変化すると、ほかの大陸も変化が起きそうな気がする。