勝つべくして勝った

リオ五輪>体操・内村の逆転金メダルの奇跡はなぜ起きたのか?
(THE PAGE 8月11日(木)14時45分)


日本のエース、内村航平(27、コナミ)が個人総合で五輪の2連覇を達成した。5種目が終わってまだ2位。腰にはギックリ腰を起こし、これまでになかった危機的な展開に連覇が危ぶまれたのだが、最後の鉄棒で奇跡と言っていい大逆転を演じてみせた。
逆転の金メダルを呼び込んだものは何だったのだろうか。
内村は「団体戦の疲れ」と同時に「新星たちの追い上げ」とも戦った。
新星ライバルの筆頭は、個人総合だけに目標を絞ってくる昨年の世界選手権2位ランリケ・ラルデュエ(キューバ)だった。そのラルデュエは予選の跳馬で大崩れしたうえに、決勝の演技を棄権するのだが、予選1位通過のオレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)が大健闘を見せて内村は窮地に立たされることになった。
4種目が終わって0・401点だった点差は、5種目め、ベルニャエフ得意の平行棒でさらに広がり0・901となった。
明暗を分けた最後の鉄棒。
先に演技した内村は15・133。最後に演技をしたベルニャエフは14・800。
内村が0・099上まわった。奇跡の逆転は、実力を出し切った内村と、出し切れなかったベルニャエフの差でもある。気力、プライド、経験、メンタルの要素は当然なのだが、3人の金メダリストを育て体操ニッポンを陰で支えてきた指導者、城間晃氏(シロマスポーツ代表)は「演技構成もまた大きなカギだった」と語る。
内村の鉄棒は屈身コバチ、カッシーナ、コールマンとバーの上で宙返りをともなう華麗な手放し技で点数を稼ぐ構成だった。対するベルニャエフは、ひねり技で点数を稼ぐ構成である。一見、内村は派手でベルニャエフは堅実だと映るが、実はココに逆転の素地があった。
ベルニャエフが演技の中心に置いたひねり技はバーの上で倒立姿勢になったときに、1回、1回半とひねりを入れてまた車輪に戻る動作である。簡単に見えて、軸がぶれたり、車輪の角度が狂ったりするリスクの高い神経を使う技なのだ。実際、ベルニャエフはひねり技のたびに生じる小さな乱れで減点を重ねることになった。予選では上手くいったが、最後はひねり技の乱れに足をすくわれたのである。
一方、内村が中心に置いた手放し技はどうだったのだろうか。
「手放し技はタイミングさえ間違えなければ成功する動作」と城間氏は言う。
「車輪を正確にぐるぐるまわってさえいればいい種目」だからだ。
車輪の軸がぶれなければ、次々と技を続けていくことができる。内村の手放し技はどれも高難度の技だが「突き詰めて言えば、まわって、手を放して、宙返りをしてバーに戻ってくるという単純な動作の繰り返し」(城間氏)なのだ。
体力が限界に近づいた最後の鉄棒で、内村は楽に戦える演技構成を持っていた。
「それにしても内村選手は凄い」と城間氏は言う。
鉄棒の基本である車輪が完璧なうえ、どんな技をやってもヒザや足先が乱れることがない。だから、ぐるぐる車輪をまわる延長線で次々と難度の高い手放し技で得点を稼ぐことができるうえに、減点も少ないのだ。
さらに城間氏が注目したのは、G難度の手放し技、カッシーナのこの日のさばき方だった。
「内村選手の今日のカッシーナは、いつもよりバーに近いところに戻って来たように見えました。その分、肘がわずかに曲がり減点の対象となったと思います。でもそれは、落下のリスクを減らし、確実にバーを持つための選択だったと思います。空中に舞い上がるタイミングを微妙にずらして、意識的にバーの近くに戻って来たんだと思います。何としても勝つという気力、集中力はもちろんですが、それを支えるチャンピオンらしい高い技術と戦略を垣間見た瞬間でした」
たぶんこれは、奇跡ではない。
内村は、勝つべくして勝ったのである。

勝利の要素を研究し尽くして勝った、そんなところか。