健康って何だっけ?

「健康」の基準が変わる? 日本人間ドック学会の「新基準」に反応続々
多くの企業で健康診断が行われる4月、健康診断や人間ドックで「異常なし」とされる基準が変わるかもしれないという気になる研究結果が公表された。日本人間ドック学会などが作る専門家委員会が、人間ドックで健康の基準とされる値について、従来の数値より上限や下限を緩和した数値を発表したのだ。これまで基準値をはみ出していた人も今後は「健康」となるかもしれないとあって、学会や厚生労働省には多くの問い合わせが来ている。しかし、病気のリスクは個人差が大きい上、新しい数値がそのまま採用されるかはまだはっきりしない。専門家は「数値に一喜一憂するのではなく、体の状態を正しく理解することが求められる」と冷静な対応を求めている。
■「基準値」といえども明確な基準なし
企業の健康診断や人間ドックを受けると、血液検査などさまざまな検査の結果が数値で示される。結果を受けとる際にチェックするのが、自分の数値が基準値の範囲に入っているかどうかだ。
実は、この「基準値」は一律に決まっているものではない。厚労省によると、生活習慣病予防のため平成20年度に始まった特定健診、いわゆるメタボ検診では、血圧やコレステロール値などの基準値が決められている。しかし、人間ドックや企業の健康診断では、日本人間ドック学会が示している数値を使ったり、各施設が独自に基準値を定めたりしている。「健康な成人」がどういう人を指すのか明確ではないため、結果的に基準値がバラバラになっているのだ。
そこで、専門家委員会は人間ドック受診者のデータに目をつけた。平成23年に人間ドックを受けた約150万人の中から、喫煙をしておらず、既往症や治療中の病気がない「健康な成人」を約1万人抽出。血圧やBMI(肥満度)、血中コレステロールなどの基本検査27項目を調べた。
その結果、従来の学会の基準値を大きく外れていたり、性別や年齢によって数値にばらつきがみられたりする項目があることが分かった。これを受けて、専門家委員会が示した新たな基準値は次の通りだ。
■血圧やLDLコレステロールの数値は大幅緩和
まずは血圧。一般的には収縮期(最高血圧)が130、拡張期(最低血圧)が85を超えると、「高血圧」と判断される。しかし、委員会の調査では健康でも数値にはかなりばらつきがあり、最高血圧は147、最低血圧は94以下でも健康であると判断した。
また、身長と体重から計測されるBMIについても、従来は男女とも25以下とされていたのが、男性は18・5〜27・7、女性は16・8〜26・1が「基準値」とされた。
血液検査の項目についても幅が広がった。特に違いが大きかったのが、男女とも120未満が良いとされてきたLDL(悪玉)コレステロール。男性は178mg/dl以下と大幅に緩和され、女性は年齢を3段階に分け、30〜44歳で152以下、45〜64歳で183、65〜80歳で190以下とされた。
これにより、血液中の総コレステロール値の上限も広がった。従来は140以上200未満とされていたが、男性で151〜254、若年女性で145〜238、高齢女性で175〜280以下となった。
また、これまで男女とも150未満が良いとされてきた中性脂肪についても、男女で異なる結果が出た。一般的に男性の方が中性脂肪が高いため、男性は198以下と上がったのに対して、女性では逆に134以下と厳しくなった。
こうした「男女」による違いは、尿酸値や肝機能を表すγ−GTP(GGT)など複数の検査項目で見られた。総じて、男性は従来値より緩和され、女性は従来値より厳しくなる傾向にあった。
■「新基準」が導入されるかは不明
では、新しい基準値はいつから適用されるのだろうか。これに関しては、「分からない」というのが正直なところだ。
学会では今後検討を重ね、早ければ来年4月から基準値が変わる可能性があるとしているが、今回の研究結果の数値がそのまま採用されるかどうかは不明だ。また、仮に基準値が大幅に変わったとしても、各施設がいつ、どの程度導入するかは分からない。専門家委員会は「学会の基準が施設に浸透するまでには数年かかる」とみている。
今回の基準はあくまで「健康」な人に対してのもので、持病を持つ人には当てはまらないことにも注意が必要だ。さらに、今回発表された数値は「現時点で健康な人の数値」であり、将来的な健康を保証するものではない。専門家委員会の委員長を務めた渡辺清明慶応大名誉教授も「新たな基準値で将来も健康を維持できるかについてはさらに検討が必要だ」と話し、研究を続ける考えだ。
身近な健康の話題だけに、委員会の発表への反響は大きい。国の健康施策を担う厚労省のがん対策・健康増進課には「いつ見直しが行われるのか」といった制度に関する質問から、「今飲んでいる高血圧の薬をやめていいか」といった個人的な質問など、さまざまな問い合わせが寄せられている。同課は「例えば高血圧なら、基準を緩和しても将来的に脳出血などの病気が増えないかどうかなど、見直しには慎重な検討が必要」とする。
国が定めるメタボ健診の基準値についても、日本高血圧学会などの専門学会から意見を聞くなど、さまざまな科学的根拠を積み重ねながら、見直しの必要性を検討していくという。
■検査数値を健康と向き合う契機に
新たに示された基準値を適用して「自分は健康」と安心したい人には耳の痛い話だが、「健康は数値では決められない」と指摘する声も大きい。
「人間ドックにだまされるな!」(主婦の友社)などの著作がある中野サンブライトクリニックの大竹真一郎院長(総合内科専門医)は「数値にはどこかで線を引かなければならないが、正常とされる範囲に入っていたからといって安心して良いかといえばそうではない」と「数字」との正しい付き合い方を解説する。
大竹氏によると、基準値を厳しくすると、不必要な人まで治療しないといけないことになるし、逆に甘くすると治療すべき人を放置することになる。人間ドックなどの基準値は、さまざまなデータや考え方に基づき線を引く作業で、基準の中か外かだけにとらわれてはいけないという。
例えば今回の発表では、健康な人のLDLコレステロール値は178以下とされたが、178なら良いわけではなく、下げる努力は必要だ。患者が注意するのはもちろん、「医師には、基準値を外れたらすぐ投薬治療を始めるのではなく、食事などの適切な指導で数値を改善させるスキルが必要となる」(大竹氏)。
個人差も大きい。同じLDLコレステロール178でも、太っていて血圧が高く、喫煙している糖尿病の患者と、やせ気味で血圧が低く、たばこを吸わず持病もない患者だったら、数値が示す危険度は異なってくる。
大竹氏は「数値がいくつかということより、その数値で将来の脳卒中心筋梗塞などを予防できるかという観点の方が重要だ。数値だけを見るのでなく、健康を保つため何が必要かを医師とともに考えてほしい」とアドバイスしている。
産経新聞 4月20日(日)13時38分)

なんて悩ましいものなんだ!