常に逆風とは限らない

活躍の影には新GKコーチの存在が。放出候補だった川島永嗣はいかにして“難攻不落”となり得たのか?
◆放出もあり得た川島
スタンダール・リエージュは現在、絶好調だ。開幕から8試合全勝中、しかも6節までは完全に無失点という完勝で、単独首位に立っている。
そこで俄然注目を集めているのが、GK川島の安定したパフォーマンスだ。
6試合連続でクリーンシートを守った立役者は、ベルギー各紙が選ぶ『マン・オブ・ザ・マッチ』の常連であり、彼につけられた「難攻不落」「超えられない壁」といった枕詞が、いかにそのゴールキーピングが盤石であるかを示している。
この反響の大きさは、昨季、とくに終盤のプレーオフの時期に、大事な試合で失点して敗戦の原因となるなど評判を落としていたことへの反動でもある。
とくに5月12日の宿敵ブルージュ戦は致命的だった。高めのボールの処理に弱い、という自身の欠点をさらす形で2-4で破れると、スタンドのサポーターからブーイングを浴びた。彼らは、川島がその座を奪った前シーズンの正GKボラットの名前をコールし、彼の復帰を求めたのだ。
さらには、6月のコンフェデレーションズ杯で見せた日本代表戦での出来も(3戦3敗)クラブの川島に対する信頼を揺るがせた。
今オフ、フロントは前向きに新GKの獲得を検討し、着任したばかりのギ・ルゾン監督も、「好条件のオファーがあれば快く送り出す」と、川島を無理に引き留める意思はないことを明確にしていた。
そして実際、フランスリーグのトロワからヨアン・テュラムを獲得。ナンバー1GKの座を奪うことを旗印に乗り込んできた24歳の新鋭は、強力なライバルとなるはずだった。
◆新GKコーチの第一印象も良いものではなく…
ところが、新シーズンが明けて一躍ヒーローとなったのは川島だった。
リーグ随一の防御率でチームの連戦連勝に貢献。その華麗な躍進は、まるで、何者かが魔法の杖を振るったかのようだが、実際、「魔術師」と呼べなくはない人物の存在が、その影にはあった。
今夏、テクニカルスタッフの一新に併せて着任した、GKコーチのヨス・ベックスだ。
ベックスは、ベルギー国内では、若手育成の一任者として知られる名GKコーチで、現ベルギー代表のナンバー1、2両GK、チボー・クルトワアトレチコ・マドリー)とシモン・ミニョレリバプール)も、彼が育てた選手たちだ。
試合のビデオを徹底的に検証して、各選手が得意とする点、苦手とする点の両面を的確に把握して練習プログラムを作成する丁寧な指導法に加え、「GKは、1日24時間、週7日間、常にGKであるべし」をモットーに、日々の食生活から、ピッチ外の行動についてもアドバイスを与えるのが、ベックスのやり方だ。
その彼が、6月に着任した際、最初にクラブ上層部に依頼されたのは、今季の正GK候補を推薦することだった。
昨季の川島の試合のビデオや、6月のコンフェデレーションズ杯での戦いぶりを見て、名門スタンダールのゴールを任せることに「今ひとつ確証がもてなかった」と感じたベックスは、実際何人かのGKの名前をクラブ側に提案している。
◆「ヨスは、僕からいかに良い部分を引き出せるかを心得ている」
しかし、休み明けの川島と対面し、プレシーズンのトレーニングを始めると、新GKコーチはすぐに手応えを感じた。とくにベックスが感心したのは、「何よりも、エイジの練習への取り組み方が大変熱心だった」こと。
そして川島も、自分が新コーチとともにさらに成長していくのを日に日に実感していった。「ヨスは、僕からいかに良い部分を引き出せるかを心得ている。よく話しをするし、たくさんのアドバイスをくれる。毎日、改善されていくのを感じている」。
これまですでに2度、ファン投票によるクラブ公式サイトのマン・オブ・ザ・マッチに選出されている川島は、そう地元紙にコメントしている。
ベックスがより時間を割いて指導しているのが、高いボールの処理だ。
「確実にキャッチできる、と確信できたときだけ飛び出すようになった。1つひとつのボールに対して以前よりも集中するようになったし、計算して動けるようになった」と川島自身が語るように、今季の試合では、パンチング、キャッチ、など、状況に応じて的確な処理をしている。
オールマイティーなGKへと進化
0-2で勝利した5節のモンス戦でも、至近距離からの1対1、約30メートルのロングボレー、コーナーキックと、あらゆる球種のピンチがゴールを襲ったが、そのどれをも落ち着いて着実にセーブした姿からは、自信と安定感が見て取れた。
すでに反射神経の良さには定評があり、ライン際での低い球のキーピングに関してはベルギーリーグ一と評価されていた川島だが、不安定さが指摘されていたハイボール処理の弱点が改善されてきたことで、死角のない、オールマイティーなGKへと進化しようとしている。
ベックスは、たしかに魔法の杖を持っていた。
しかし、彼は川島を「変身」させたのではなく、埋もれていた才能を引き出して「進化」させた。30歳にして、飽くなき向上心を持ち続ける川島は、さらに高いところを目指して、自身の可能性に挑戦し続けている。
今、彼の視野の先にあるのは、来年のワールドカップ出場だ。この大会に、日本代表のナンバー1GKとして出場すること。これは1つの大きなモチベーションであり、目標だ。そのためには、今季、試合に出続けてパフォーマンスを安定させることが大前提となる。
サポーターから非難され、ライバルとなる新GKを獲得されるという厳しい状況も、川島にとっては闘志をさらに奮い立たせる起爆剤になったに違いない。ベルギーリーグで奮闘する彼の成長は、日本代表の守備力向上にも、つながっていく。
フットボールチャンネル 9月25日(水)11時0分)

こんな出会いがあるのかどうかは稀かもしれないが・・・