最終的には何本だろう

バレンティン本塁打記録は再び“妨害”に遭うのか?“妨害”の歴史と五輪招致への影響
東京ヤクルトスワローズウラディミール・バレンティン選手(外野手)は、王貞治の1シーズン本塁打記録をほぼ半世紀ぶりに破ることができるのか――。シーズン本塁打数記録は、1964年に王が記録した55本が現時点では最多である。
バレンティンは8月25日時点で97試合に出場し、48本の本塁打を打っている。王の記録にあと7本で並び、あと8本で王の記録を抜く。2試合に1本のペースなので、8本打つのに必要な試合数は16試合、9本なら18試合だ。
ヤクルトの残り試合数は、25日時点で34試合。現在のペースだとあと17本は出る計算になるから65本も夢ではない、ということになる。
この話題、すでにプロ野球ファンの間ではかなり注目を集めている。どう注目を集めているのかというと、「またもや妨害に遭って、達成できないのではないか?」という意味で注目を集めているのだ。
バレンティン」「本塁打」というワードでグーグル検索をかけると、1ページ目はスポーツニュース系の記事ばかりだが、2ページ目以降に出てくるのが、過去に王の記録に迫り、もしくは並びながら、抜くことができなかった3人の外国人選手に関する書き込みである。
一人は85年に54本を打った阪神タイガースランディ・バース。もう一人が2001年に王と並ぶ55本を打ちながら、あと1本が出なかった近鉄バファローズのタフィ・ローズ。そしてもう一人が、その翌シーズンの02年に、やはり王、ローズと並ぶ55本を打ちながら、あと1本が出なかった西武ライオンズアレックス・カブレラである。
書き込みの主な内容は、バースが王監督時代の読売巨人軍に、ローズとカブレラ王監督時代の福岡ダイエーホークスに、すべての打席で敬遠され、打たせてもらえなかったこと、そして日本のプロ野球界に、日本の国民的英雄である王の記録を外国人に塗り替えさせてはならないということである。
特に批判の対象になっているのが、3度の記録妨害にすべて関与したと見られている王監督である。
01年のローズのケースでは、ダイエー若菜嘉晴バッテリーコーチ(当時)が、試合後の囲み取材で報道陣に対し、「王・長嶋(茂雄)は野球の象徴。いずれ彼(=ローズ)はアメリカに帰るのだから、オレたちが配慮して監督の記録を守らなければいけない」と発言。投手陣全員にもローズへの敬遠を指示していたことが判明し大騒ぎになった。
●「オレはガイジンだからオーの記録を破れない」
85年の阪神の優勝は鮮明に記憶している筆者も、バースの敬遠のことは記憶にない。だが、ローズとカブレラの敬遠のことはさすがに記憶に残っている。とはいえ、10年以上も前のことなので、記憶もあいまいになっている可能性がある。そこで、当時のスポーツ新聞がどのように報じたのかを検証してみることにした。
まずは85年のバース。この年阪神は“ダメ虎”を返上、21年ぶりのリーグ優勝を果たし、日本シリーズでは広岡達朗監督率いる西武ライオンズを下して初の日本一にもなっている。
リーグ優勝が決まったのは10月16日のヤクルト戦。バースはこの日、荒木大輔(現・ヤクルト投手コーチ)から52号を放っている。この時点で残り試合数は5試合。10月20日の中日戦で小松辰雄から54号を放ち、この時点で残り2試合。その残り2試合の相手は王監督率いる巨人だった。
54号を放った翌日の10月21日のデイリースポーツには、「オレはオーの記録を破れない。それはオレがガイジンだからだ」というバースのコメントが載っている。このコメントはこの記事が書かれた時点よりもかなり前の発言のようだが、このコメントは28年を経た今、ネット上で盛んに引用されている。
1試合目に当番した江川卓は真っ向勝負だったが、バースは本塁打を打てず。10月24日のシーズン最終戦では斎藤雅樹が先発、宮本和知、橋本敬司という継投だったが、5打席中4打席がフォアボール。結局バースは55本目を打てなかった。
こんなことをされたのでは、さぞや翌日のデイリースポーツは怒っているに違いないと思ったら、さにあらず。一面のタイトルは「5冠快挙バース 阪神有終」。バースと岡田彰布(前オリックス監督)の全打席の結果が掲載され、バースの5冠王(打率、打点、本塁打出塁率勝利打点)が確定したことを賞賛。「ガイジンである自分をチームメイトが仲間として認めてくれた」という感謝のコメントは載っていても、巨人の4死球攻勢に対する批判は載っていない。チームメイトの岡田と首位打者を争うプロセスで、首位打者は日本人である岡田に、という空気がチーム内にあったということまで記事には書かれており、この頃はまだ外国人差別が当たり前のように横行していたことを伺わせる。
●01年、02年と2年連続でダイエーが“阻止”
次は01年のローズである。ローズは9月12日のロッテ戦で54号を放ったあと、次の試合では打てず、その次の9月24日の西武戦で松坂大輔から55号を打っている。この時点で残り試合数は5試合。ちなみに近鉄のマジックは1になった。近鉄の優勝が決まった26日のオリックス戦では打てず、この時点で残り試合数は4。29日のロッテ戦でも快音は聞かれず、残るは30日のダイエー戦と10月2日、5日のオリックス戦。
その9月30日のダイエー戦で、敬遠を警戒した近鉄が、3番打者のローズを1番で起用したが、初回の第一打席から先発田之上慶三郎城島健司のバッテリーは露骨な敬遠。途中ボール球を振るといった抗議もしたが、結局4打席全てがフォアボールだった。
前述の若菜コーチのコメントは、この試合終了後に出されたもの。当然この結果にファンが激怒。パ・リーグの連盟事務所にも抗議が殺到し、川島広守コミッショナーが、「ローズに対する敬遠はアンフェア」だとして、ダイエーに対しフェアプレーを訴える異例の声明文を出したということを10月2日付の日刊スポーツが報じている。
残るオリックスとの2試合では、オリックスの投手は真っ向勝負をしてくれたが、結局新記録達成はならなかった。
そして翌年の02年。今度は西武のカブレラである。この年西武は9月21日にリーグ優勝を決めているが、53号が出たのはその前日の9月20日ダイエー水田章雄から54号を打ったのは9月27日。この時点で残り9試合。28日、29日と続いたダイエーとの3連戦では敬遠攻勢は受けていない。
近鉄岡本晃から55号を放ったのは10月2日。この時点で残りは5試合。5日のダイエー戦、6日の日本ハム戦、9日、10日のオリックス2連戦、それに14日のロッテ戦である。
5日のダイエー戦の先発は10勝目がかかっていた若田部健一で捕手は田口。5打席中4死球は3打席だったが、残る2打席のうち1打席はボール球をカブレラが強引に振って当てているものだ。
“事件”が起きたのは7回。第4打席で左上腕部にデッドボールを受け出塁。3塁まで進塁したところで打者平尾のショートゴロの間に本塁に突入。間に合うわけがないタイミングだったのに、捕手田口の顔面に左ヒジをお見舞いしたのである。
結局カブレラはこの日は打たせてもらえず、その後の4試合ではすべて真っ向勝負してもらえたのに、本塁打狙いの力みゆえか、あと1本を打つことができなかった。
さらに、手が届いていた三冠王ダイエー戦以降の4試合で打率を下げ、首位打者日本ハム小笠原道大(現巨人)にさらわれ、打点でも近鉄ローズに抜かれ、まさかの1冠に終わった。
●あえてヒールを演じた? 王監督の真意はどこに
以上を総括すると、敬遠攻勢をかけられたのは3人ともたった1試合。その1試合が最終戦でそこに55号がかかっていたバースはともかく、ローズとカブレラはそのたった1試合以外ではちゃんと勝負をしてもらえているし、その1試合のあとにもチャンスがあった。ローズとカブレラが問題のダイエー戦で奪われたものは、打撃の機会ではなく、実力の発揮に必要な平常心だったのではないだろうか。
だが、世の人々の記憶に残るのは、今ネットで取り沙汰されている、そのたった1試合での“仕打ち”だけだ。最終戦を終えたカブレラが、出口で待ちかまえていたロッテファンから大拍手で見送られたエピソードをネットから探し当てることはできない。敬遠という手段で記録を阻止するやり方をファンは絶対に喜ばない。プロ野球が興業であるという自覚があれば、ファンが喜ばないことはしないものだ。
そうなると俄然興味が湧いてくるのは、3回が3回、全てに関与している王監督の真意である。
特に01年にコミッショナーから警告を受けたにもかかわらず、翌年も同じことを繰り返したのはなぜなのか。02年の場合は若田部に10勝目がかかっていたし、前年ほど露骨でもなかったが、やはり観戦していたファンには明らかに敬遠だとわかるものだったことは間違いない。
この当時は、中内功ダイエー会長がリクルートからスカウトした再建請負人・高塚猛氏が福岡3点事業の責任者だった時代だ。閑古鳥が鳴いていたホテルや球場を、またたく間に満員にした手腕に対する評価は、当時の経済誌の誌面を賑わせたが、その後の彼の失脚で今となっては顧みられる機会がなくなっている。
だが、パ・リーグの球団改革の先駆者は間違いなく高塚氏である。誰よりもプロ野球がエンターテイメントであることを知り尽くしていた高塚氏なら、56号が出るかもしれなかった日、花束を用意させ、56号が出たら王監督自身からローズもしくはカブレラに手渡す演出を考えなかったわけがない。
だがそれは実現せず、王監督も敬遠を止めなかった。この行動は王監督にとって何一つ良いことがない。敬遠などせず、めでたく56号が飛び出し、王監督自身が花束を持って外国人選手をねぎらう。こんなことが実現していたら、人格者としての王監督の評価はますます上がり、その映像は繰り返し何度も何度も放映され、後世に語り継がれる美談となったはずなのだ。
それを王監督が理解していなかったわけがない。ファンが喜び、球団経営上もプラスに作用し、王監督自身の評価も上がる。誰もが幸福になる選択を王監督はなぜしなかったのか。自分の記録を破られたくなくて汚いマネをしたセコイ奴。そういう評価が付いて回ることは承知の上だったはずだ。
とすると、考えられるのは、「記録はさまざまな妨害を乗り越えて達成するもの」というトップアスリートとしての哲学の全うである。経営者にも大衆にも、メディアにも迎合してたまるかという強い思いが根底にあるのだとすればすとんと腑に落ちる。
●五輪招致への影響
さて、それでは今回、バレンティンもまた妨害に遭うのだろうか?
とにかくバレンティンは過去の3人に比べて残り試合数が多い。50号を超えてくると俄に周囲も騒がしくなるだろうし、プレッシャーもかかってくるだろうが、53号あたりで残り試合数がまだ20近くある、という可能性もある。全日程が終了するまで延々と敬遠が繰り返されるということは考え辛いし、第一、ローズやカブレラの時も、ダイエー以外の球団は敬遠攻勢をかけていない。そのダイエーですら敬遠攻勢をかけたのはたった1試合だ。
ヤクルトのスケジュールを追ってみると、16試合目は9月14日の阪神戦。18試合目は917日の横浜戦である。横浜にはバレンティン本塁打王を争うブランコがいるし、監督は巨人OBである。作戦として敬遠攻勢がかかってもおかしくないのはこのあたり。ちなみに巨人戦は14日以降では24日までない。
ファンはまた同じことが繰り返されないか、固唾をのんで見守っているわけだが、今度ばかりは別のところへの影響も考えざるを得ない。ずばり、五輪招致への影響である。総会の開催は9月7日である。記録更新が絡む時期はこの1週間後とはいえ、9月7日時点で50本を超えていると、著名人が不用意な発言をする確率は格段に上がる。
情報伝達のスピードは01年、02年当時とは比較にならない。日本プロ野球界は外国人差別の巣窟だなどという情報が世界中を駆けめぐれば、東京への五輪招致は幻となりかねない。
その意味で、熱烈なジャイアンツファンを自称するベテランアナウンサーが、過去に肌の色が違うことなどを理由とする差別的な発言を、よりによって生放送の場で行ったという事実は見逃せない。しかも謝罪は翌週になったという。ということは番組スタッフもその場では問題だと思わなかったということになる。
このベテランアナウンサーは、放送コードすれすれのハイリスクなコメントをウリにする芸人ではない。“ジャイアンツ愛モード”に突入したとたん、職業人としての分別や良識、責任感がどこかへ吹っ飛び、極めて無邪気に差別的な発言をしてしまったということなのだろうか。
そうだとすれば、ジャイアンツ愛ゆえなら視聴者は何でも許してくれるであろうという甘えがそこにあるのは間違いない。そこには世のトップアスリートたちに対するリスペクトというものが微塵も感じられない。いずれにしても、著名なベテランアナウンサーに、公共の電波で無邪気な差別発言を許したテレビ局があるのだから、同じことがもう一度起これば、日本人全体が差別好きな、民度の低い民族であるという誤った評価が、世界の人々から下されかねない。
今度ばかりは世界が見ている。球界関係者ばかりでなく、メディアにもその自覚が必要だろう。
(Business Journal 8月26日(月)17時56分)

普通に抜くでしょうね。
力むとか意識とかしなければ。