神の寵愛を受けた者

クルム伊達はなぜウィンブルドンに強いのか
ツアー最年長の42歳、クルム伊達公子がまた新たな〈最年長記録〉を打ち立てた。現役復帰後5度目のウィンブルドンで初の3回戦進出。そして42歳272日での2回戦突破は大会史上最年長だ。
伊達のキャリアはウィンブルドンとは切り離せない。96年のベスト4入りと女王シュテフィ・グラフとの2日にまたがった準決勝はいつまでも語り種だが、それを上回るともいえるほど鮮烈な印象を残したのが一昨年のビーナス・ウイリアムズとの一戦だった。
伊達の引退後に到来した女子テニスのパワー時代の先駆者的存在のウィリアムズ姉妹との初対戦。伊達が復帰後常々言っていた、「テニスはパワーだけじゃない」という信念が試されるときだった。「吹っ飛ばされるかもしれない。あのパワーとスピードについていけるかどうか、まったくわからない」というのは謙遜だったのか、果たして試合は7-6、3-6、6-8の大激戦。伊達は技術と頭脳の限りを尽くして芝の女王に食らいつき、敗れはしたが、その大会のベストマッチとも評される試合となった。
伊達のテニスはなぜウィンブルドンと相性がいいのだろう。まずは、ライジングという独特の打法が芝の球足の速さに合っている。ボールの上がりっぱな、つまり非常に低い位置にラケット面を合わせてカウンターヒットするテクニックは、タイミングが命。数学的に説明する能力はないが、恐らくボールの弾む角度、スピード、伊達のグリップの握り方、伊達の好む打点が、絶妙に噛み合うのだろう。
伊達のラケットが非常に重いことは知る人ぞ知る事実。伊達いわく、多分男子の中でもトップ5に入るくらいの重さだという。「私の場合、軽くすると(ボールが)飛びすぎるんです」と説明するが、あの小さな体でラファエル・ナダルよりもジョーウィルフライ・ツォンガよりも重いラケットを使っていると聞けば驚くが、ラケットを振り回さず相手のパワーを利用したカウンターショットを見ていると、いかにもと思えてくる。
芝の上では生き生きとプレーする姿が印象的だが、本人は特には芝が好きというわけではないのだという。
「そんなに好きって言えるほどでもないんですよ。でも、相手が私のボールを嫌がるんです。ハードコートよりも芝ではさらにボールが滑ってくると言われますから。」
最近の若い選手のテニスは、腰より高い位置でハードヒットするスタイルが主流。低い位置で打たされることを嫌うのだ。スピンのかかっていない伊達のフラットなショットは弾まず滑ってくるから、彼女たちは持ち味を発揮できない。伊達が芝でスライスを多用するのも、相手の武器を封じるためだ。その上、前述したように伊達は早いタイミングでボールをとらえるから、相手が準備する時間が短くなる。「相手の時間を奪うテニス」とよく言われるのはそういうことだ。これにもまた、慣れない選手は戸惑い、自分のテニスができず、自滅する。
 伊達は今年、苦手のクレーシーズンをほとんど捨てて万全の体調を維持することだけ心がけ、大好きなウィンブルドンに賭けた。そこへ、1回戦の相手が予選上がりの18歳、2回戦は芝での経験の浅い23歳というドロー運に恵まれた。いずれも初対戦。伊達のようなテニスには不慣れな若い選手たちだ。そうはいっても特に2回戦の相手など、がむしゃらでしぶとく、伊達がよく言う「若さの特権」を持った選手だったが、接戦を勝ちきった原動力は、「芝では特に、テクニックやバリエーション、経験が生かされる」という信念。そして、ここに全てを賭けてきた強い気持ちだろう。
そうして「今年が最後かもしれない」という思いで一年一年を戦う42歳が、また、歴史的な大舞台にたどり着いた。
3回戦の相手は女王セレーナ・ウィリアムズだ。復帰後、多くのトッププレーヤーとの対戦経験があるが、セレーナだけは一度もない。
「できればやりたくない相手。本当に強いですから」と笑ったが、本心だろうか。ビーナス戦の前の微笑みが思い出される。
伊達が現役に戻ったとき、それを自ら「再チャレンジ」と呼んだ。それから今まで、あらゆる試練に、「私はチャレンジが好きなんだから」と立ち向かい、乗り越えてきた。最高級のチャレンジを前に、伊達はとても楽しそうだ。
大会はセンターコートを用意するだろうか。恐らく用意するだろう。伊達がウィンブルドンを好きなのと同じように、ウィンブルドンも数々のミラクルを見せてくれた伊達が大好きなのだから。
(文責・山口奈緒美/スポーツライター
(THE PAGE 6月28日(金)17時41分)

・・・タフだなぁ・・・・。