首位打者の仮説

右打ちの首位打者、飛ばないボールが原因?
昨季のプロ野球首位打者は、野球経験者がなんとなく抱いている「左打者が有利」という理論を見事に裏切ってくれた。
セ・リーグが巨人の長野久義(3割1分6厘)、パ・リーグソフトバンク内川聖一(3割3分8厘)で、ともに右打者だったからだ。
右の首位打者としては長嶋茂雄落合博満などが記憶に残るが、2リーグ制になった1950年から2011年まで62年間を調べてみると、右打者が首位打者になったのは全体の3割強しかいない。右打者がセパ同時に首位打者になったシーズンは、62年間でわずか9回だ。
「左打者が有利」理論が強固なのは、マリナーズイチローで明らかなように、左打者は一塁までの距離が1、2歩ほど右打者より近く、内野ゴロでもヒットになりやすいという野球の構造的問題からだ。しかし、もうひとつ重要だと思われるのは、全人類の中で左利きの人がなぜか1割以下しかいない少数派だということだろう。
過去20年の首位打者に限ると、左投げ左打ちはセで1人のみ。パでも5人しかいない。これに対し、右投げで左打ち(スイッチヒッターを含む)は、松井秀喜イチローなど、セパともに延べ11人ずついる。彼らの中には、もともとは右利きだったが、左打者に転向した選手が多いと考えられる。
多数派である右投手に対して好成績をあげるには、対戦成績が少ないために慣れが生まれにくい左打ちの方が分が良いからだろう。右打者にとって右投げ投手の球は、背中の方から入ってくるので打ちづらいという経験則にも合う。
◇ヒントは生物学に◇
では、それにもかかわらず、右打者である長野と内川が活躍できたのはなぜなのか。
野球は複数の要因が関係しているから、このナゾ解きは簡単ではないが、ヒントになりそうな生物学の面白い論文を最近読んだ。
論文から示唆される結論を先にいうと、昨季初めて導入された「統一球(低反発球)」による影響が、人工的な左打者が身につけた対応力をはぎ取ったのではないかというものだ。
この論文を執筆したのは、名古屋大学の竹内勇一さん(日本学術振興会特別研究員)らのグループ。調べたのはアフリカ・タンガニーカ湖に生息するシクリッドという仲間の魚だ。
この魚は他の魚のウロコをはぎ取って食べるへんてこりんなヤツで、口がわずかに右曲がりに開く個体と、わずかに左曲がりに開く個体がいる。竹内さんらは、「その口の形に合わせて他の魚を襲う方向がほぼ決まっており、運動能力にも左右差があることを世界で初めて実証した」という。その左右差が捕食行動に関係あると考えられていたが、動きが俊敏過ぎて動作の詳細は分かっていなかった。
竹内さんらは、この魚の動きを高速度カメラ(500フレーム毎秒)を使って、水槽内で撮影した。その結果、この魚は獲物の背後から接近し、自らの体を折り曲げた上で、獲物の左右どちらかの胴のウロコにかみつくことが分かった。その際、個体ごとに攻撃する胴に"好み"があり、その胴は口が開いている方向と一致していた。
つまり、この魚には人間の利き手ならぬ、「利き側」があるのだ。実際、利き側の襲撃のウロコ奪取率の方が、逆側への襲撃よりも約3倍高いことが分かった。利き側では逆側より、体を1・7倍素早く、約1・5倍も大きく折り曲げていたことも確認できた。
高いウロコ奪取率は、利き側の方が素早く正確に動けたことが奏功したと見られる。竹内さんは、「右利きの人間が左手では右手のようにはうまく字が書けないというような行動の左右性を、アフリカの魚で発見した」と説明する。
では、長野と内川の高成績はどう解釈すればよいか。竹内さんにこう尋ねると、真っ先にあげた要因が、統一球への対応だった。「利き手の方が、正確かつ強く球を打てたのではないか」というのだ。
確かに昨季は、この"飛ばないボール"に打撃陣は総崩れだった。その中で、利き手でうまく対応できたのが、長野と内川だった可能性がある。ちなみに昨季の本塁打王も、セパともに右打者(ヤクルトのウラディミール・バレンティンと西武の中村剛也)だった。
プロ野球12球団が一斉にキャンプインした。利き手仮説は果たして今季も当てはまるのか、今から結果が楽しみである。
(読売新聞(ヨミウリオンライン) - 2月17日(金)11時48分)

「利き腕」理論は、あながち間違いではないでしょう。
ただし、メジャーリーグに行った選手は、この「統一球」と格闘して成功を収めたものもいるわけだし、今シーズンはもう当てはまらないんじゃないだろうか。