そこまでしたいなら

非海江田で結集…岡田氏「描いたシナリオ通り」
29日の民主党代表選は、1回目の投票で1位だった海江田万里経済産業相を、野田佳彦財務相が決選投票で破る大逆転劇となった。
野田氏は、下位の陣営とどのように連携を組んだのか。党内最大の小沢一郎元代表グループの支援を受け、基礎票で優位に立っていた海江田氏はなぜ敗れたのか。逆転の構図を検証する。
「決選投票になったら、『非海江田』で票を集中させたい」
29日朝、国会内で開かれた菅首相グループの会合。座長の江田法相は約30人の出席者にこう呼びかけ、了承を取りつけた。
菅グループは、代表選の対応を自主投票としていたが、菅首相の意向もあり、「反小沢」では一致していた。党内では「海江田氏が1位となるものの、過半数には至らない」との見方が大勢だった。
「野田氏と前原誠司前外相の陣営はともに票の上積みに必死で、決選投票となった場合の戦略を立てるに至っていない」と見た江田氏は、野田、前原両陣営に「決選投票では野田、前原両氏のいずれか上位となった候補に投票する」という「海江田包囲網」を事前に打診し、両陣営も「当然の行動」と受け止めた。
野田グループも独自に「多数派工作」に動いた。
野田氏の選対本部長を務める藤村修幹事長代理は29日朝、鹿野道彦農相の選対本部長である大畠国土交通相に対し、決選投票での「野田、前原、鹿野連合」の実現を要請した。
鹿野陣営には小沢グループの議員も多かったが、告示後には会合に顔を出さなくなったため、鹿野陣営は「小沢グループの引きはがし方はひどい」(大畠氏)と反発を強めていた。藤村氏の要請は、鹿野陣営に「あうんの呼吸」で受け入れられた。29日夜、鹿野陣営は、東京・赤坂の中華料理店で代表選の「打ち上げ」を開き、“お礼”に駆けつけた藤村氏を大きな拍手で招き入れた。
前原グループでは、仙谷由人代表代行(官房副長官)が、藤村氏や、野田選対の顧問に就任していた岡田幹事長と連絡を取り合い、決選投票での糾合に力を入れた。
菅政権で「脱小沢路線」を推進した岡田氏は代表選終了後、周辺に笑顔でこう語った。
「僕らが描いたシナリオ通りになったな」
(読売新聞 - 8月29日(月)21時19分)

そこまで脱小沢路線に走りたいなら、党を分割すべきでしょう。
それができないならば、結局は小沢頼みと変わらない。