日本の本気度が試される

風力発電の本格普及への高いハードル、補助金廃止で強まる“逆風”
鹿児島県の大隅半島東側に位置する肝属(きもつき)郡肝付(きもつき)町。内之浦湾を見下ろす標高886メートルの国見山の東側尾根に、15基の風車が並ぶ。風力発電の国内最大手、ユーラスエナジーホールディングスが今年3月に運転を開始した「国見山ウインドファーム(WF)」(総出力量3万キロワット)だ。
国見山WFは、国有林の中の保安林にできた国内初の風力発電所。森林は普通林と保安林に分かれ、国有林の中の保安林はとりわけ規制が厳しい。森林法などで借り受けや開発が厳しく制限されている。国見山WFの場合は、地元の肝付町が国から構造改革特区の認定を受け、規制を緩和してもらったことで、ようやく実現にこぎ着けた。
■普及を妨げる規制の数々 環境アセスも義務づけ
日本での風力発電の導入は、世界に大きく出遅れている。日本風力発電協会によると、2011年3月末の発電能力は1807基、244万キロワット。世界一の中国や2位の米国が4000万キロワットを超えているのと比べ1ケタ少なく、原発大国フランスや、国土が日本より狭いイタリアにも見劣りする。
導入が遅れている要因はいろいろあるが、国見山WFの例に見られるように、風車設置の障害となる多くの立地規制や建築規制、制度が存在することが大きい。
立地規制としては、国立公園や国定公園内への立地を制限する自然公園法をはじめ農地法、森林法などの規制がある。風力発電の適地は、風が強く民家から離れている場所が多い。そうした適地の多くは、立地規制の対象となるのだ。場所によっては、「日本野鳥の会」との調整が必要になるケースもある。また、「姉歯事件」を機に建築基準法が改正され、風車にも超高層ビルと同様の厳しい耐震基準が義務づけられた。
こうした規制の存在は、風力発電事業者にとって準備や建設に要する時間と経費の増加要因となり、コストアップにつながる。
今後は環境法制もこれまでより高いハードルになりそうだ。現在、風力発電所建設には法的な環境アセスメント(影響評価)の義務づけはなく、業界は自主的な事前評価などで対応している。ところが、近隣住民の健康に悪影響を及ぼす低周波音や、鳥が風車に衝突する「バード・ストライク」が近年、問題視されるようになり、環境省は近く、出力量1万キロワット以上の風力発電所環境アセスメント法の対象とする意向だ。年内にも法令改正に着手する。この結果、事業者には1カ所当たり数百万円の追加コストが発生する。
新エネルギー利用促進法(RPS法)に基づく買い取り制度も、むしろ風力発電の普及を妨げてきた。03年にスタートしたRPS法では、電力会社に販売電力の一定割合を風力発電など再生エネルギーで賄うことを義務づけている。風力については多くの電力会社が毎年、買い取る量の上限を決め、抽選などで事業者を選んできた。
ただ、「買い取る量が少なすぎる」(日本風力発電協会・斉藤哲夫企画局長)ため、抽選は熾烈を極める。適地が多い北海道電力東北電力の抽選会では、募集枠に対して10倍もの応募が殺到することもある。
当選しても、条件次第では送電線や電圧安定設備の設置を求められることがあり、辞退に追い込まれる事業者もいる。09年から余剰電力の買い取りが義務づけられた太陽光発電とは対照的に、制度が事業者の意欲をそいでいることは事実だ。
RPS法に基づく買い取り価格は、電力会社と事業者との交渉で決まる。価格は制度がスタートした03年からずっと低下傾向にあり、直近では平均で1キロワット時10円強。一方で、鋼材価格の高騰などから、設置コストは上昇しつつある。
しかも、再生エネルギー特別措置法による全量買い取り制度導入を見越して、10年度からは発電所建設費の3分の1を補助する国の制度がなくなってしまった。継続案件を別にして、10年度以降、新規投資はピタリと止まっている。全量買い取り制度の導入を前に、事業者にはまさに“逆風”が吹いているのだ。
では、全量買い取り制度が始まれば、風力発電は本格的に普及するのだろうか。当面の最大の注目点は、買い取り価格と期間がどう決まるかだ。経済産業省の案では、太陽光以外は1キロワット時20円程度、期間は15〜20年で検討中とされる。
建設費の補助金を加味すれば、RPS法の買い取り価格は現状、1キロワット時15〜16円に相当する。また、風車の平均償却期間は約17年。少なくともこの条件を上回らなければ、多くの事業者にとって採算は厳しくなる。日本風力発電協会の代表理事を務めるユーラスエナジーの永田哲朗社長は、「協会としては、期間20年、1キロワット時20円での買い取りを希望する。譲っても期間17年で20円が限度」と言う。
■長期導入目標を策定し国が本腰入れる必要
全量買い取り制度導入以外にも、普及のための条件はいくつかある。
国内最大の風車メーカーである三菱重工業の上田悦紀・風車事業部企画・営業部部長代理は、「日本には風力発電の長期的な導入ビジョンがない。長期の導入目標を決めるべきだ」と指摘する。昨年、発電能力で米国を抜いて世界一に躍り出た中国では、国を挙げて風力発電の普及に取り組み、15年末には発電能力を10年末の2倍以上の1億キロワットまで増やす計画だ。米国では、30年までに風力発電の構成比を20%に引き上げる目標を掲げる。EUでも多くの国が国家としての目標を持つ。
これに対し日本では、風力発電協会が20年に1100万キロワット導入という目標を掲げるが、現時点で国の目標は存在しない。三菱重工の上田氏は、「中国の風車メーカーが急成長したのは、自国市場が伸びているから。国の長期目標があれば、投資へのモチベーションが高まる。メーカーとしては、自国市場が大きいほうが絶対にありがたい」と語る。
三菱重工は売り上げで国内首位とはいえ、世界では10位にも入らない。世界の風車メーカー上位には、自国市場が伸びている欧米や中国などのメーカーがズラリと並ぶ。
日本では、立地規制や建築規制の存在も引き続き大きな壁となりそうだ。もちろん、外国にも多かれ少なかれ規制はある。ただ、風力発電の導入を推し進めているような国は、立地可能なゾーンを国が決めており、事業者は発電所建設に当たり、事前調整に日本ほど多くの時間とエネルギーを必要としない。
陸上より風が強く、騒音の問題もないため、次世代の風力発電として期待がかかる洋上風力についても、日本の場合、事前調整に手間がかかる事情は同じ。漁業権の存在が大きなネックとなるからだ。日本では洋上風力の導入は進まず、全国で計14基しかない。風力発電協会の斉藤氏は、「国が設置可能なエリアをゾーニングして決めてくれないと、洋上風力は普及しない」と話す。
本格普及に向けもう一つ見逃せない問題は、電力会社の送電網との接続や系統連系対策である。
ユーラスエナジーの永田社長は、風力の優先給電、優先接続を電力会社に要望する。「風力をベースロードに使い、電力が余って発電量を落とす場合には、風力を最後まで残していただきたい。新規に送電網につなぐ場合も、優先的に実施してほしい」。ドイツやスペイン、デンマークなどでは、再生エネの優先給電・接続ルールが法制化されている。
また、全量買い取りが始まれば、風の強い北海道や東北では、風力発電による売電が増えると予想される。その際、電力会社管内の送電網に加え、会社間連系線の増強も課題になる。北海道や東北の風力発電所で発電した電気を需要の多い首都圏に送るには、北海道と本州を結ぶ北本連系線や、東北と関東を結ぶ連系線の増強が必要だ。
風力発電は、再生エネの中で技術的に最も先行している。太陽光と比べ、設備容量当たりの設置コストはほぼ半分で、設備利用率は20%前後と約2倍。国民負担を抑えながら温暖化ガス削減を進めるには、本来、切り札となるはずだ。本格的な普及のためには、全量買い取り制度にとどまらず、長期目標策定など国を挙げた取り組みが欠かせない。
週刊東洋経済2011年7月30日号)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
東洋経済オンライン - 8月24日(水)11時0分)

一つ法を作っただけで終わっていい話じゃないってことです。
原発云々もそうだが、環境対策を考えるならね。