それが何だと言うのか

沢村栄治」継ぐ者なし…G日本人先発の伝統に危機
球団創設75周年の節目の年に、巨人の歴史を揺るがす事態が起きようとしている。セ・リーグ首位を走る一方で、戦前から連綿と続いてきた日本人先発投手の2ケタ勝利が、途絶える危機にひんしているのだ。優れた先発完投型の本格派投手を表彰する「沢村賞」にその名を刻む、巨人最初の2ケタ勝利投手、沢村栄治さんも寂しがっている?
23日のヤクルト戦(神宮)で、巨人の先発はベテラン左腕の高橋尚成投手(34)。制球難で毎回走者を背負う不安定な投球ながら、4回まで1失点に抑えていたが、5回の先頭打者に6本目の安打を打たれたところで、原辰徳監督(51)は迷わず2番手の木村正にスイッチした。
その後は中継ぎ陣が無失点で踏ん張り、チームは9回にヤクルトの自滅で逆転勝ち。だが7月21日に5勝目を挙げて以来、1カ月以上も勝ちから見放されている高橋尚に、この日も白星はつかなかった。原監督は中継ぎ陣の好投をほめた後、「尚成もナイスピッチング」とフォローしたが、2年ぶりの2ケタ勝利は遠のくばかりだ。
今季の巨人の先発陣ではグライシンガーとゴンザレスの助っ人コンビがともに11勝を挙げる一方で、日本人では東野が6勝、高橋と内海が5勝と期待を裏切っている。誰も10勝に届かない場合、巨人の長い歴史に大きな汚点を残すことになる。
本格的にペナントレースに参戦した1936(昭和11)年秋に、伝説のエース沢村栄治が13勝を挙げて以来、巨人は昨季12勝をあげた内海まで全シーズンで日本人の2ケタ勝利投手を輩出している。投手王国と呼ばれた90年には斎藤20勝、宮本14勝、桑田14勝、木田12勝、香田11勝と日本人先発投手が5人も2ケタ勝利という快挙もあった。さらにロシアから亡命後は無国籍ながら、5歳から北海道旭川で育ったスタルヒンを含めれば、日本出身の先発投手が2ケタに到達しなかったシーズンは1度たりともないのだ。
この歴史的なピンチを救おうとしているのが、中継ぎの山口鉄也投手(25)。この日も8回を3者凡退で片づけ、タナボタの9勝目を挙げた。これで11勝の昨季に続き、先発登板なしで2年連続の2ケタ勝利に王手をかけたが、山口は「木村正がよくつないでくれたので、いつも以上に気合が入っていた。勝ちはたまたまです」と謙虚に語った。
日本人の勝ち頭が中継ぎというのも異常事態だが、今の巨人に満場一致でエースと呼べる先発投手がいないのも事実。継投全盛の現代野球とはいえ、他球団には日本ハムダルビッシュや西武・涌井などエースの名に恥じない投手がいる。原監督は高橋尚を「左のエース」と呼んでみたり、昨季終盤に内海を「ウチのエースなんだ。まだまだ要求するものはある」と叱咤(しった)したりしているが、試合を任せるだけの信頼は置いていない。
巨人の初代エース、沢村の功績をたたえて47年に制定された「沢村賞」は、〔1〕15勝以上〔2〕完投試合10以上〔3〕防御率2.50以下〔4〕投球回数200イニング以上〔5〕登板回数25以上〔6〕勝率6割以上−などを基準として選ばれるが、今季も巨人の日本人投手の受賞は絶望的だ。これまで巨人ではのべ18人が受賞しているが、2002年の上原(現オリオールズ)が最後。この受賞ブランクはもちろん球団史上ワーストで、あの世でエースの称号を引き継ぐ投手の出現を待つ沢村先輩に、ずいぶんと寂しい思いをさせている。
06年から4番の座を李承ヨプ、さらにラミレスと外国人に任せ、さらにエースの役割まで助っ人に委ねた原監督は、球団の歴史を変えた指揮官として名を刻むのかもしれない。
夕刊フジ - 8月24日16時56分)

フリーエージェントで選手を買いまくっていた時代は終わったのだし、過渡期なんだから別に・・・